医療サービスの質の確保(1)|Yamagishi Hiroyuki 2011.11.24
あらゆるシステムにおいて、経営環境がきびしい状況では、収支の直結するコストの削減には気を配るが、製品やサービスの質の向上には気が回らない。しかし、製品やサービスの質の向上は、コスト削減と同等以上に重要である。それは、あらゆるシステムは顧客や社会へ受け入れられる付加価値の提供を目的に存在し、その成否は価値提供の手段としての製品やサービスの質そのものが問われることとなるからである。製品やサービスの向上を目的とすることは、システムの信頼と安心にほかならない。このことは、医療サービスにおいても同様である。
製品やサービスの質を向上させるためには、これを生み出すプロセスや資源としての人材などの要因の質の向上させることからはじめるべきである。プロセスや人材などの質が向上することによって、ミスや手戻りが減少し合理性が増す。このようにして弱点を追求していくことにより、あらたに湧きあがった資源をさらなる質の向上につながるシステムの部分へ再配分することができる。
人材(医療スタッフ)の確保
患者さんが満足する良質なサービスの提供は、その担い手になる医師や看護師の職場での満足があってはじめて可能となる。一部の職員の自己犠牲のうえに成り立つような現場では、高い志をもって働くことは不可能で、その環境からは良質な医療サービスは生まれない。これらの改善策としては、医療スタッフの間接業務からの開放することが最重要課題である。医療現場での課題を男女比で見ると、女性医師の割合は医師全体の約16%、看護師の場合は95%を女性が占めている。医療機関での人材不足の要因は、女性の比率が高いセクションで生じている。これまで女性の医療スタッフは、専門職として仕事を優先させ、フルタイム勤務や夜勤、超過勤務が当然とされてきた。しかし女性にとって働きやすい環境とは、家庭と職場の仕事との両立を実現させることを意味し、医療機関の人材確保においては、理想の職場環境をつくることが責務である。
出産、育児のためにキャリアが持続できない環境を取り除き、退職よりも育児休暇の取得を促進する環境を医療機関から提供する必要がある。新規採用に必要な教育と研修に費やす時間、労力とコストを考えると、キャリアのある人材を離職させない対策に資源を投資すべきである。環境整備としては、院内託児所の設置が不可欠である。目の届く範囲で子供を預ければ、よりはやい職場復帰が可能となる。それには勤務中はもちろん、勤務時間外も夜勤明けも託児が可能なような、勤務実体にあった託児制度の整備が必要である。また、短時間勤務の導入と個々の生産性の向上である。短時間勤務の導入は、実質上は労働時間の減少につながるので、本来業務に付随して発生する記録、申し送り事項や物品管理などの間接業務は機械化、システム化や外注化をより導入するべきである。女性にとって働きやすい環境になれば、意欲ある医療スタッフを再就業に促すことができ定着率があがり、システムの継続性が確保できる。医療施設の職場環境が向上することが、スタッフを満足させるいちばんの特効薬である。
医療サービスの質の確保(2)|Yamagishi Hiroyuki 2011.11.24
医療機能評価の評価項目は、ハードの評価、環境整備に重点が置かれ、医療サービスの結果、成果には直接の評価には及ばない。医療サービスの本質である、患者さんの健康状態にどのような変化が生じたか、医療行為の結果を評価するには不十分である。
品質マネジメントシステム(QMS)の運用
QMS(品質の向上を達成するための仕組み、業務の進め方)は、システムで質を確保するというのは、個々の能力に依存するのではなく、決められたプロセスに従って業務を実施していけば、質のよい製品やサービスが確保できるという考え方である。医療スタッフによって技量の差があることは事実ではあるが、個々のスタッフが同質の医療サービスを提供するためには、システムで保証する体制が必要である。日常業務の整理にはじまり、各プロセスの相互関係の体系化、業務を手順書として文章化していく必要がある。また、業務中に発生したインシデントやアクシデントについてその作業手順の妥当性を検証し、適宜改善をおこなうシステムを構築する必要がある。以上のことを標準書として文章化して、医療機関としての方針・目標を設定し、これに沿った活動が実施される。これらのことを品質マニュアルとしてまとめた文章を作成することによって、さらに内部監査とサーベランスにて、適切に運用されているかの確認をおこなう。
最課題の是正予防の仕組み構築するための医療の安全を向上させる具体的方策は、まずインシデントの発生メカニズムを知る必要がある。原因は、ヒューマンエラー、マシントラブル、マニュアルの未整備、インフォメーションの不備など様々であるが、いずれの場合も発生させた個人に原因を求めるようであるが、インシデントは人の動きと業務手順のミスマッチから発生するものであり、プロセスの接点いわゆる繋ぎ目部分で発生することが多々ありがちである。間違えることが人間であることを前提に、システムがすべての責任を包括する必要がある。一歩間違えれば医療事故となっていたヒヤリ・ハットの発生段階での事故の芽を摘むことが重要である。
これからの医療サービスにおいても、物流と情報の流れを一体化させることが大きな特徴で、その結果として投薬の取り違いミスや思い込みなどの初歩的なミスを防ぐ効果がある。さらに物品管理や搬送といった医療看護業務以外の間接業務から医療スタッフを開放し、患者さんの近くでの本来の医療サービスに専念できる時間と気持を作り出すことができる。ただし自動化システムの先進技術にすべてを依存することは、新たなヒューマンエラーを産み出す可能性があり、質の高いシステム、安定したレベルの情報を得るためには、扱いやすさと人の感性が届くシステムが望ましい。
患者さんと医療者のコミュニケーションはなぜ重要か|Yamagishi Hiroyuki 2009.09.07
私の場合(建築士)は、病院の建替え時等に重要なのはクライアント(顧客)とのコミュニケーションである。
医療事故訴訟は年々増加しており、また裁判所の示す判断もしだいに医療側にきびしいものになっている。社会の変化により医療におけるコミュニケーションの重要性が増大している。コミュニケーションの重要性は、医療者から患者への伝達にあると誤解している人が多い。大切な点は医療者が患者さんの話をていねいに聞くことを通して患者さんとのお付き合いが深まるのです。患者さんからの病状等の情報の収集の重要性は変わらないが、患者さんとの信頼関係の確立や患者さんへの情報提供などの重要性が増してきている。
しかしながら医療事故は、ある時点で突発的、単発的に生じる。しかし紛争は事故を起因に突発的に生じるのではなく、それまでの患者さんやその家族とのコミュニケーションのありかたによって、決定される要因を含んでいる。良好な信頼関係が存在するところでは、事故が起きても感情的な対立にはならず、有効な対話によって問題の解決に至るかもしれない。訴訟を起こす患者さん側が求めているものは、専門的な法律判断というよりは、もっと素朴で人間的なニーズかもしれない。ときには感情的な対立から、患者さんの権利意識も増大し、医療への過度の期待のなかで訴えられることもある。ようするに、患者さんが訴訟に持ち込むのは、法的解決を得るためよりも、もっと感情的、人間的な葛藤への応答を求めてのことではないか。法律知識に基づく対策をいくらおこなっていても、感情的対立への応答が十分でなければ、訴訟はおきるし、患者さんに正当な法的根拠があっても、日ごろのきちんとした対応がなされていれば、訴訟にはならない。
しかし医療者が訴訟対策を日常の医療現場に持ち込むことは、さまざまな矛盾を生じることとなる。常に患者さんを潜在的な訴訟の相手と見る視線は、たとえばインフォームドコンセントが、患者さんと医療者の信頼に支えられたコミュニケーションのもとづく説明と同意というより、訴訟回避のための同意書確保といった自己防衛策におちいる可能性を内包している。患者さんと医療者が潜在的な対立者としておたがいに意識すれば、医療事故を起因に訴訟に至るリスクも高くなる。訴訟対策のための抑制手段であれば、まさに日ごろの良き関係の構築ができなくなる。ようするに、信頼より相互不信の関係になってしまう危険性が存在する。
医療事故が起きたときの患者さんへの対応は、それまでのコミュニケーションの延長にある。「患者さんの不愉快さは、どうすれば解消できるというものではありません。どうされても不愉快なのです。私たちはそのような状況を生きている人とお付き合いしていく職業だということを忘れるべきではありません。」(日下隼人、武蔵野赤十字病院副院長 談)